MaaSが今、熱いようなので渋滞学の話で落語してみる(中編)

前編

えー、前回は落語なのに途中でぶった切るという荒くれ者のスサノヲノミコトですらひょぉっと驚きヤマタノオロチの目の前でぶっ倒れそうな荒業を繰り出したわけでございますが、そもそも会社の技術ブログで突然落語を始めるという行為自体が奇想天外でございますので、今後も何が起ころうと心の臓がお強くなった皆様はその大きな懐で受け入れてくれることでございましょう。

長い話といやぁこういう話がございます。

寄席に行ったことがないというお方はおりましても、笑点を知らないということは、まぁ、ないのかと存じますが、あそこには黄色い着物を召した元気なおじいさんがいるでしょう。あの人のお師匠様は時間管理が非常に上手かったようで、与えられた持ち時間に合わせて短い話を長く喋り、かと思えば長い話を短く喋ったそうですな。

時間管理というのは大事なもので、何でも現代の日本社会の基本は時間でございます。電車に乗るにも、会議を始めるにも時計を睨み、仕事をするにも睡眠を取るにも時間配分、時は金なり。

そんな忙しい皆様には大敵がおりますな。そう、渋滞というあの厄介者の話でございます。あの厄介者は、いやはや、一体ぇどうすりゃあ減らせるのか--。

渋滞を数学で解いちまえ

「熊さん! おぅい、熊さんやーい!」

「おぅ、八っつぁんかい。何だい、昨日の続きが聞きてぇのかい?」

ガラリと障子戸を開けて部屋から出てきた熊さんに、八っつぁんはオゥッと江戸っ子らしい威勢のよさで答えます。

「いいよ、うちに入りねぇ。どれ、どう説明するのが一番わかりやすいかねぇ。お、そうだ、あれがあったなぁ」

八っつぁんを中へ招いた熊さんは、奥から碁盤と碁石を持ってきて、一番上の列のマスに間隔をバラバラに開けながら、どれ一ぉつ、二ぁつ、三っつぅ……と置き始めました。

「いいかい、八っつぁん。渋滞学っていうのはなぁ、数理物理学の一種よ。渋滞って状態を数学や物理の考え方を使って解いちまえって話でよ。人の動きを数学や物理で計算するってぇ言い方もできるかもしれぇねなぁ」

「え? 人の動きを数字やなんかで計算するってのかい? てやんでぇ、べらぼうめ! いっくら熊さんだって、そんなこたぁ信じらんねぇ。そんじゃ何かい? 俺の動きを熊さん、数字捏ねくりまわしゃあわかるってのかい?」

「おぅ、八公、慌てるな。おめぇは落ち着きがなくていけねぇなぁ。いいかい? さっき渋滞学は物理学の考え方を使うと言ったろう。しっかり聞いとけってんだ。物理学でも、例えば雲の動きを予想するときにその雲を作ってる雨粒一粒一粒の動きを考えるか? しねぇだろぉ? 雲全体がどう動くかだろう。つまりよ、集合体で考えるんだ。一人一人の動きじゃなくて集団の動きなら、予想がつけやすいってわけよ。で、集合体として渋滞の状態を作り出してる人間や車や電車、インターネットのパケットなんかを、渋滞学では自分の意思やルールに則って動くって意味を込めて『自己駆動粒子』って呼ぶんだが、どうだ? 物理みてぇだろ?」

「熊さん、いやに生き生きした顔するじゃねぇか。やだねぇ。俺ぁ、自慢じゃねぇけど寺小屋じゃあ理科や数学の点はよくなかったんだ。で、その、何だい? 自己駆動粒子? それを一体どう考えるんだい?」

「ある区間内に一体ぇどれだけ粒子があるのかってぇ密度を調べるだろ? ある時間内にその区間の一地点を一体ぇどれだけの粒子が通るかってぇ流量も調べる。この二つを分析して流通をグラフ化し、渋滞って状態を割り出すんだ。ガラガラのところに人が増えてもしばらくは流量が増えるだけだろが、あんまり増えすぎると今度は動けなくなっちまって流量が減る。それをグラフにすりゃあ、虹みてぇな見事な曲線になんだなぁ。想像してみろ。その曲線の頂点が臨界密度と最大流量よ」

落語といっても身振り手振りを禁じられての会話文だけじゃあわかりにくい部分もございましょう。ご法度ですがグラフを入れてみましょうか。あ、それ。

渋滞学の流量と密度を表す基本図

「ははぁ、なるほど。こうやって数学と物理に変えていくんだな? けど動いてるデータを集めてその時の動きを計算するならまだしも、予想なんて本当にできんだろうかねぇ?」

「おぅ、八っつぁん。そこで使うのがこいつよ」

首を傾げる八っつぁんに向かって、熊さんはずずいと碁盤を押しました。

セルオートマンで渋滞の動きを追え

「おい、碁石を置く場所がちげぇじゃねぇか。線が交差するところに置くんだよ」

「俺ぁ、碁を打とうって言ってんじゃねぇんだ、八っつぁん。いいかい? これはな、セルオートマトンっていう粒子の動きを考える方式よ。ジョン・ノイマンってゲーム理論から量子力学、コンピューターの動作原理まで作っちまった数学界の怪物が生み出した計算モデルだ」

「碁石があるところを1、ないところを0と置いてみるんだ。これだと『101001010111001100』だな」

「はぁ。0と1かい」

「で、碁石が置いてある列を道路だと思いな。碁石は車だ。左から右に進んでんだなぁ。そうすると、どう動くか見えてくるだろう? 一本道じゃ車は前にしか進まないが、前に他の車がいちゃあ進めねぇ。だから右隣が0の時しか1は動かない。てぇこたぁ111みたいに並んでるところってぇのは渋滞状態ってことだな? 非渋滞は常に次のマスへ進めなきゃなんねぇから、その状態を数字で表すと101010ってわけだ。ちと動かしてみるかい? 10100~っとぉ」

「ほぅら、6回目でようやく渋滞解除になったなぁ。とまぁ、こんな風に予測するんだ。0と1で考えるモデルだからコンピューターとも相性がいい。これを一次元だけの動きに止めず、さらにフロアフィールドモデルってぇ違う方向へも進める二次元的計算モデルに広げりゃあ、色んな状況で群衆運動が引き起こす渋滞状態を分析、予測できるってわけよ。これなら災害時の避難シミュレーションとかにまで渋滞学を使えるようになるんだ」

「へぇ、数学っていう割にはシンプルだなぁ。いっくら数学が苦手な俺でも碁石を動かすくれぇはできるからな」

「ここに例えば目の前の人間が走ってる向きみてぇな近場のローカル情報、少し遠くまで見渡したときに得られる、どっから煙が出てるかっていうようなセミローカル情報、建物や道なんかの作りなんてぇ周りの状況変化だけじゃ変わらねぇグローバル情報ってぇのを加えてやりゃあ、さらに精度も上がるってもんよ」

熊さんの説明に感心しながら、八っつぁんがパチンパチンと碁石を動かして渋滞状態を非渋滞状態へもっていくシミュレーションをしていますと、外から騒がしく熊さんを呼ぶ奴がいるじゃあありませんか。

交通事故が長屋を襲う

「うぉーい! 熊さーん! てーへんだぁ、てーへんだぁ!」

「何だい、与太。騒がしいねぇ! 今忙しいんだよ」

「それどころじゃないんだよぉ、熊さん! 今な、向こうの三つ又のところで噂聞いたんだ。今朝方交通事故があって被害者が意識不明っていうんだよぉ」

「三つ又ぁ? あぁ、あそこの二車線の通りが二方向から合流するところかい? あそこは事故が多いねぇ」

「そこだよ、そこ! そこで轢かれたのが、なんと八っつぁんなんだよぉ!」

「八っつぁん? んなこたぁねぇよ。あいつはここにいんだから」

激しく首を縦に振る与太郎に、熊さんは失笑しましたが与太郎の勢いは止まりません。

「いいや、確かだ! 噂で聞く容姿があんまりにも熊さんらしかったんで、おいらその犠牲者が運ばれたってぇ医者んとこ行って確認してきたんだ! ありゃあ八っつぁんだ! おいら馬鹿だけど長屋仲間を間違えたりはしないよ! 八っつぁん、自分が意識不明って気づかず帰ってきちまったんだな? てーへんだ、早速体を取りに行かなきゃ!」

「おいおい、弱ったねぇ。与太、まともに考えろよ。おい、八っつぁん、何とか言ってやってくれ」

常識的に物事を考えない与太郎に呆れて振り返った熊さんは、自分の真後ろに立っていた長屋仲間の青っちろい顔を見てギョッと言葉を失いました。

「……おい、与太。その話は本当か……? 俺ぁ、朝方三つ又のとこを通ったよ。あぁ、確かに通った。まさか俺ぁ轢かれたのか……⁈」

「おい、八っつぁんまで何言って……」

「そうだよ! ほら八っつぁん! 早く行こうよぉ!」

「ああ! 気付いてなかったが、こりゃてーへんだぁ、こんなことしちゃいられねぇ。ほら、熊さんも後生だから行ってくれ。現場を見て、一体ぇどうして事故なんか起こったのか、どうすりゃ起こらなくなるのか渋滞学で教えてくれよ! 今後俺みてぇな哀れなやつを出しちゃなんねぇからなぁ!」

「あ、おいおい……」

ツッタカタッターと走って行っちまいました二人を、どうしたもんかと思いながらも、事故現場の改善法が確かに気になる熊さんは、ハァとため息一つ落っことして、後を追いかけていくのでございます。

走り出した長屋三人衆と奥山はもう誰にも止められやしません! 一体全体どうなってしまうのか、待たれよ、次回

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