イオンビーム分析=ボウリング?
2022-04-09
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最初に

 こんにちは、22年度新卒で入社した髙橋と申します。今回のブログでは自分の大学での研究テーマでもありましたイオンビーム分析について書かせてもらおうかと思います。おそらく大体の人は初耳であると思いますし、もしかしたら聞いたことがある方もおられるかもしれません。

 この記事では原子核工学の分野が何をやっているのかすらわからないという人に、なんとなく理解できるくらいの説明をお届けし、実際どのような分野に使われているかなどをご紹介できればと思います。

イオンビーム分析とは

 まずイオンって何?というところからですが、これは物体を構成する要素である原子、これは原子核と呼ばれる部分と電子と呼ばれる部分に大別されます。この電子をはぎ取ったり、あるいは余計に付け加えたもの、これをイオンと呼びます。電子が少なくなったものをプラスイオン、多くなったものをマイナスイオンと呼びます。なぜ多くなるのとマイナスになるのかというと、そもそも電子の電気的特性がマイナスだからですね。

 そしてイオン化した原子を加速させたものをイオンビームと呼びます。イオンビームの速度は場合によってまちまちですが、光の速度の10~50%で運用する場合が多いと思われます。そのぐらい速いものだということだけ頭に入れていただければ結構です。

 そしてこの加速させたイオン、普通は水素やヘリウムですが、このイオンビームをほかの原子にぶつけることで様々な反応が起きるので、反応を観測することによりターゲット原子を調べる、これがイオンビーム分析です。どうして加速させたイオンを原子にぶつけるとその原子の分析ができるのか、今からわかりやすく説明していきます。

ボウリングの球をぶつけよう!

 では早速ボウリングの球を投げましょう。何の話をしているのかと思ったでしょうが、私はいたって真面目です。実はボウリングの球って分析機器でして(大嘘)これをいろいろなものにぶつけることによって、ぶつけた相手が何なのか推測することができます。どうやって推測するのかといえば例えば音です。ぶつかったものによって出てくる音は違いますから、それによって対象の分析をすることができます。

 ボウリングの球を投げた結果、遠くから「ゴチン」という音が聞こえてきたとしましょう。そうすれば「なにか硬いものにぶつかっただろう」と予測することができるでしょう。ボウリングの球を投げているということはボウリング場でしょうし、他のボウリングの球かあるいはピンであると予想がつけられるでしょう。

音 柔らかい 男

 さらに続けてボウリングの球を投げた結果、遠くから「ボヨン」という音が聞こえたとしたら「ゴムか何か柔らかいものに当たったな」と予測することができるでしょう。ゴムボールか、トランポリンか。もちろん完璧にぶつかったものを当てることはできませんが、おおよその予測を立てることはできます。

音 バトルドーム 男

 さらにさらにボウリングの球を投げた結果、遠くから「超!エキサイティン」と聞こえたとしたら、これはバトルドームですね、間違いない。このように(?)ぶつかった対象次第ではクリティカルな情報が得られ、確定することができたりします。

 音以外にも投げたボウリングの球がそのままの速度で跳ね返ってきたのであれば、おそらく壁にぶつかったのでしょうし、ゆっくりと跳ね返ってきたのであればマットか何かにぶつかったのだろうと予測を立てることができます。

 そうやって直接対象を見ずともボウリングの球をぶつけ、その後の反応を観測することにより対象が何なのか予測を立てることができます。そしてこのボウリングの球をイオン、ぶつける対象をターゲット原子に置き換えたものがイオンビーム分析と呼ばれるものです。発生する音や跳ね返ってくるボウリング球は、発生X線や反跳イオンに相当します。反跳イオンというのはその名の通り、反発して跳ね返ってきたイオンです。これらは残念ながら人間の感覚器官で確認することはできないので検出器を用いて観測します。超!エキサイティン!することもないのでバトルドームは分析できないのですが。

ちょっと専門的な話

 ここからはイオンビーム分析についてのちょっと専門的な話になります。固い話が見たくないなって人はここは飛ばしてもらって構わないです。先ほどの発生X線や反跳イオンを調べるとなぜ対象原子が分析できるのか、これの原理についての説明をします。

 イオンをぶつけた際にはX線が発生することがあります。このX線の持つエネルギーは元素ごとに固有でありまして、これを調べることで原子の種類を調べることができます。なぜエネルギーが固有なのかというと、X線のエネルギーは電子殻に依存し、かつ元素ごとに電子殻のもつエネルギーが異なるからです。
 電子殻とは何か?ということですが原子の持つ電子が原子核の周りをまわっているわけですが、その電子の通る場所はある程度決まっており、これを電子殻と呼びます。普通一つの電子殻には数個の電子が含まれており、複数の電子殻によって原子が構成されていることが多いです。このエネルギーは電子殻の種類や原子核の大きさなどによって決定され、そのため元素によってこれらは変化し、かつ同じ元素だと固有であるのです。これより発生するX線も元素ごとに固有になるということです。

 反跳イオンの話はもっと単純で、高校の物理の時習ったことがあると思いますが、軽いものにぶつけるとエネルギーが大きく失われ、重いものにぶつけると失われるエネルギーを小さくなります。これは原子の世界でも同じことで、対象の原子が軽ければ、エネルギーを大きく失ったイオンが跳ね返ってきますし、重ければエネルギーを対して失わずに跳ね返ってきます。原子の重さというものも当然元素ごとに固有であるため、これにより原子の種類を分析することができます。このように元素ごとに固有な反応を調べることで元素の特定をすることができます。

運用手法

 イオンビーム分析の運用についての前に、イオンビーム分析の特徴について書きたいと思います。イオンビーム分析の特徴として非破壊であり、微量分析が可能であることが挙げられます。イオンビーム分析ではイオンビームを分析対象にぶつけ、分析するため分析対象を破壊する必要がありません。これは化学的分析手法が粉砕したり、溶解させたりするのに比較しての話です。
 非破壊であるとうれしい運用はどのようなものかといえば、文化財の分析などがあります。当然のことながら「あなたの持つ文化財を分析したいので壊して大丈夫ですか」と聞いてOKする団体はまずいないでしょう。しかしその一方で文化財というものはたいてい歴史を調べるのには重要なものであり、昔のことを調べるならば大きな材料の一つでしょう。このようなものを分析する際にイオンビーム分析は用いられます。

 またイオンビーム分析は領域が原子サイズでの現象であるため、ほんのわずかしかない試料についての分析をすることもできます。1mgしかない試料の中のわずか0.1%ぐらいのものについても分析することができます。特に放射線汚染等についての分析に際し、微量分析の特性は生かされます。
 もう十年以上前になってしまいましたが、福島原発事故を覚えていますでしょうか。地震による原子力発電所の機能停止および放射性物質の漏洩、それによる周囲環境の放射線汚染。これによる影響を調べるためにイオンビーム分析を用いられることがあります。主に土壌に含まれる放射性物質の調査や、放射線汚染区域における作物への影響を調べるために用いられることがありました。
 放射線量を測定するのに対し、作物部位による放射線汚染の影響などを少しの材料で調べることができ、微量であっても人体に対しては大きな害となりえるようなものについての分析には特に適しています。これらのようにイオンビーム分析はその非破壊、微量分析の特性を活かし、他の分析では調べにくい分野での分析を行うことができます。

終わりに

 どうでしょうか、なんとなくイオンビーム分析の原理、運用について理解できたでしょうか。完璧には説明できていませんし、わかりやすさ重視のために端折った部分も多くありますが、なんとなく「こういうものなのか」と思っていただければ幸いです。

 今後SDGsなどの取り組みが進めば少なからず、原子力発電の運用は増えるでしょうし、悲しいですが運用が増えればその分事故は増えます。もちろん原子炉事故を防ぐのもまた原子核工学分野の仕事ではありますが、事故を0にすることはできないでしょう。万が一に対処できなければ、技術は廃れていくのみです。今はありがたいことに原子炉事故はそうそう起きていませんので、イオンビーム分析は特定の分野のみで使われているのみといった感じですが、将来的に有名になってしまうかもしれません。そんなことで有名になることは望んでいませんが。

 別にこの先もしかしたら一切かかわることのない技術かもしれませんが、そんなものがあるのか、と頭の片隅に置いていただければ幸いです。