えー、毎度毎度お前さんは講談師のつもりかい、ブチブチ落語を切りやがって、なんてぇ声が聞こえてきそうですが、申し開きもございません。明治時代、長い噺を何日もかけて演じてた頃の落語家の幽霊が乗り移ってんだと思ってご勘弁を。
ご勘弁をといやぁ、最近年金2000万円問題なんて、全く勘弁してほしいニュースが騒がれていましたねぇ。ありゃあ、計算の仕方をよくよく調べてみるとどうも話が違うように見えるのですが、それでも年金制度に改革は確かに必要でしょう。
渋滞はお金がかかるもの
ところで他にもお金の問題があることを皆さんご存じでしょうか。お前さん、年に10万円失ってますよ、なぁんて言われたら、どうします? ひっくり返っちまうでしょう? 10万あったら寄席に最低40回は通えますよ。なんでそんなにお金を失ってるのか気になりませんか? なるでしょう? なんとね、全国の渋滞による損失額は、年間12兆円に上るらしいんですよ。12兆ですよ、12兆!
その上、高速道路での交通事故の原因の20%は渋滞だってぇんだから弱っちまいますな。いやぁ、知らねぇ内に銭は失い、最悪命すら持ってかれちまう。何かいい手はないもんですかねぇ――。
合流を協力的ゲームに変えろ!
「おぅい、熊さん! ここだよ、ここ」
「八っつぁん、意識不明の重体で病院で寝込んでるってのに元気だねぇ。落ち着いてないと後で体を引き取った時に疲れが出ちゃうよ」
「お、そうだな、与太郎。お前も時々ちゃんと考えてるんだなぁ」
熊さんが先を走っていた二人に追いついた時には、粗忽者の長屋仲間はのんびりとたわけた会話をしておりました。
「何を言ってんだい、二人とも。ここにゃあ常識的に物事を見れる奴ぁいねぇのかい?」
息を切らせながら熊さんは弱ったねとぼやきます。
「熊さん、あんたがいるじゃねぇか。ほら、この三つ又がどうして事故が多いのか、よぉく目をかっぴろげて分析してくれよ。あぁ、俺はここで轢かれちまったのか……。記憶はねぇが、何だか酷く恐ろしかったような……。あぁ鳥肌立っちまったよ」
「へぇへぇ、ちげぇねぇなぁ。はぁ……。えー、どれどれ? 右に二車線、左に二車線。それがくっついて一本道になるのかい。ははぁ」
「こりゃあ簡単なことで防げるはずの事故だったのかもなぁ。わかるかい? 2方向から車がやってきて、合流しようってぇ時に何が起きるか」
「いんや、さっぱりわかんねぇ!」
「おいらもわからない!」
「いいかい? 合流する時にな、運転手は隣の道からやって来る車が見えねぇ。だから合流が非協力的な競争になんだ。右の道からきた車が合流地点から左の車線に入り込んできたら…… 。セルオートマトンでいやぁ、1つのマスを2つの碁石が取り合うみたいなもんだなぁ。だから合流地点で車はぶつかっちまわねぇようにブレーキを踏んで速度を落とす。でもそうすると後ろから来た車が対応できずに、バーンッ! ってわけよ。もしくは非協力的に両方向から来た車がお互い競い合ってバーンッ!」
「な、なるほど……。そりゃ恐ろしいな……」
熊さんの言葉に八っつぁんと与太郎は震えかえりました。
「じゃあどうすりゃいいんだい? 熊さん」
「無理やり合流を協力的なゲームにしちまえばいいのよ。協力的になるには向こうの車が見えるようにならなきゃなんねぇ。だからよ。こうして合流地点から数百メートルくれぇ平行に走らせるように道に線を引いちまうんだ」
「そうすると隣が見えるから協力できるようになる。車線変更をしたい車は黄色い線が途切れたところからジッパーが閉まるみたいに交互に『ジッパー合流』ってのをするようになるんだ。その場合は急にブレーキを踏んだりしないから安定した速度で運転する。この安定した速度ってぇのが渋滞回避の重要な鍵でもあるんだよ。甲子園球児の入場行進なんか見てみろ。 安定した速度で歩いてるから前と同時に動けて、ぶつかったりしねぇだろう? あそこで誰か一人でも歩く速度を変えてみろ。ぶつかり合ってドミノ倒しだい」
慌てる友にはビッグデータの小噺を
「へぇ? じゃあ何だい? 俺は黄色い線1本なかったばかりに轢かれちまって、意識がねぇのかい?」
「おい、八っつぁん、だからお前は交通事故の被害者なんかじゃないって……」
「うわーん、八っつぁん、線1本で助かった命だったのにぃ!」
「おい、与太、止めろ。大体、被害者は死んじゃいねぇんだろ?」
全く話を聞きやしない粗忽者たちに、熊さんは困ってしまって、どうにか話を逸らせないかと頭をフル回転させます。
「ほら、二人とも! 寺小屋の前の交差点でも事故が多いの知ってるかい? あそこはなぁ、よく観察してるとわかるんだが、どうやら信号が変わるのが速いんで、車が焦っちまうらしい。そういう時は無理やり速度を落とさせるように、道にハンプを作っちまうって手があんでぃ! 大阪の高槻ってぇとこではビッグデータを使って分析した結果、同じように信号が原因だってわかったんでハンプ作って事故を大幅に減らしたんだってよぉ!」
「へぇ、やるじゃねぇか」
「そうだね! びっぐでぇたは賢いね!」
途端にしけた面を吹き飛ばした二人に、しめしめと熊さんは頷き、他にも渋滞学で交通問題を減らす方法を語り始めました。
「それに信号っていやぁ、交通情報をセンサーで分析して赤、黄、青を切り替える信号が増えてきたろう。でもありゃあ一度情報をセンターに送って、センターから送り返されてきた指令で切り替え方を変えるってぇんで、何分かタイムラグが発生するんだってよぉ。数分の誤差で渋滞損失額は何百万となるだろうなぁ。そういうところにうまくAIや機械学習を使って自分で判断する信号ってぇのを作れると、渋滞も事故は減るだろうねぇ」
「信号に脳みそ作るのかい? おいらにも作ってくれよぉ」
「お前さんにゃ、無理だぁ! あとはあれかい? しきい値の話だ。どんな危険信号を出すと、何%の運転手が反応するかをリサーチするんだよ。ほら、災害の時も警報が出たって『逃げよう!』ってやつと『まだ大丈夫だ』ってやつが出てくるだろう?」
「ありゃ、迷惑だよなぁ。それで逃げ遅れんだからよぉ」
「そこでどの程度の警報なら集団パニックを起こさず、かつ大多数の人間を危険から逃がすことができるのか、警報の効果としきい値を分析する為のシミュレーションをライドシェアサービスの運転手にやらせて集まったデータを活用すればサービスの安全性を高めることも可能だ。しきい値の分析はマーケティングでターゲットを絞ってROIを高める手法の応用だがな。VRなんか使ったらもっと効果的なんだろうなぁ。高齢者の瞬間的な判断能力みてぇな、世間で騒がれてるけど曖昧な部分もちゃんと数値にして出せるし、テクノロジーが進めば、色んなことが可能になるねぇ」
食い入るように話を聞く八っつぁんと与太郎に、もうこんなもんでいいだろうと熊さんは話を止めました。
交通事故はいつでも大騒動
「どうだい? もういいだろう? そろそろ帰ろう」
「おぅ、そうだな。ん? 待てよ、駄目だ、駄目だ。まだ体を取りに行ってねぇ!」
「あ、そうだった! 八っつぁん、あそこのお医者様んとこに八っつぁんはいんだよ。早く取りに行っておあげよ!」
「おいおい、二人とも。そりゃあ、だから人違い……。あぁ、もう行っちまったよ、全く……」
ツッタカタッター、ツッタカタッター。ポンポコピーのポンポコナー。
「おぉい! お医者様ぁ! ほら、轢かれた人を連れてきたんだよぉ! そこに寝てる体を取りに来たんだ!」
「はぁ? 与太郎、お前、何を言ってんだい? 轢かれた人はここに寝てるじゃあないかい」
突然転がり込んできた与太郎たちに、お医者様もびっくり仰天。
「うん! けど八っつぁんはちょいとうっかりしてるからね。轢かれて意識不明だって気づかず長屋に戻ってきちまったんだよ」
「ああ、お医者様。その通りだ。面目ねぇ。今、俺の体を引き取りますから」
「何を言ってんだ、お前たちは。馬鹿をお言いでないよ。何がなんだかさっぱりだ」
「先生、すみません。うちの二人はちぃと頭が悪いんだ。早く連れてけぇりますから」
止まらぬ二人に、呆れるお医者様、ぺこぺこと頭を下げて謝る熊さんと、小さな医院は大混乱。
「ほら、熊さん。見てくれよ。八っつぁん、まるで生きてるみたいだろう?」
「おいおい、与太。その人は生きてるよ。ただ気を失ってるだけだ。不吉なことを言うんじゃないよ!」
「俺ぁ、こんな顔だったかい? 轢かれてからずっと寝てたもんだから顔がむくんじまったのか、まるで違う人間みたいだ」
「だから聞きなさい……。お前たちは違う人間なんだよ。熊さん、この二人を何とかしておくれ」
もう疲れ果てたとばかりにお医者様は座り込み、熊さんはただただ謝るばかり。
「ほら、八っつぁん。ちゃんと自分のことを腕に抱いてやりなよ」
「おう、与太。そうだな。ほら、俺。体の持ち主が来てやったぞ」
「あ、馬鹿! その人は頭を打ってんだからあんまり揺らすもんじゃないよ!」
お医者様が止めるのも聞かず、八っつぁんは布団に寝ていた体を腕に抱えました。
そしてじぃっとその体を見つめ、しばらく黙り込んだ後、おもむろに首を傾げて熊さんを振り返りました。
「なぁ、熊さん。まぁすのことも渋滞学のことも、びっぐでぇたのこともなんとなくわかったんだが、ただ一つ、わからなくなっちまったことがあるよ、俺ぁ」
「一体ぇ、何だい?」
「いやなぁ? この腕の中にいるのは確かに俺なんだろうが……じゃあ、俺を抱えている人間は一体ぇ誰なんだ……?」
毎度馬鹿馬鹿しいお噺で……。
まとめ
何故始めてしまったのかわからない落語 DE 渋滞学でございましたが、皆さん、いかがだったでしょうか? 私はもう二度とやらないと心に決めました。
中編を上げた時にはスーパードライ先輩にクスリでもやってるのかと疑われてしまいましたが、やってる白い錠剤といえばラムネだけです。そしてこの大分おかしな白い粉でもやってそうな話は『粗忽長屋』という落語の王道を改変したものですから、まともにおかしな落語を聞きたいという人はググっていただければ幸いです。
というわけで、次は何かいい感じに短くて真面目なものを目指します! (スーパードライ先輩の「できんの?」って声がするぅぅ!)